コンピューターが書いたに違いない電子メールを読んでいると、一九八〇年代半ばを思い出す。当時、機械翻訳がブームになっていた。五年もすれば機械翻訳が実用化し、翻訳者の大部分は失業すると騒がれていた。だから、翻訳者が集まると、機械翻訳が話題になることが多かった。たいていは、機械翻訳でいかに馬鹿げた訳文ができるかという話になって、時代の流れに取り残される運命にある人たちが虚勢をはって憂さを晴らしているような雰囲気になった。そのなかで、ある翻訳者が変わったことを言いだした。コンピューター化か進むとすれば、翻訳よりも文書作成の方が早いはずだというのだ。この翻訳者は、パソコン用ソフトウェアのマニュアルの翻訳を専門にしていた。当時のパソコンはまだ初歩的なものだったので、ソフトも初歩的であり、当然ながら、マニュアルもじつに単調なものだった。これこれのことをするには、まずなんとかのキイを押して、つぎになんとかのキイを押し……、という調子の文章が延々と続く。似たような文章が繰り返しでてくるので、翻訳の枚数をかせぐにはうってつけだ。一日仕事をすれば何十枚かが仕上がり、一週間も働けば一か月分の生活費が十分に入ってくる。なんと単調な仕事なのか、こんな仕事をさせるためにおまえを苦労して育てたのではないと両親が怒りださないだろうかとも思うが、よくよくみると、原文はそれほど単調ではない。なにしろ、人間が書いているわけだから、似たようなことを繰り返し書いているようにみえて、表現が少しずつ違っている。訳文も、似たような文章を繰り返し書いているようで、やはり、少しずつ表現が違っている。でも、これに気づくのは翻訳者だけで、読者からみれば、つまりソフトのユーザーからみれば、まったくおなじ表現が繰り返しでてきても、とくに問題はないのではないかと思える。